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雑感:Money doctors
「資産所得倍増プラン」では、個人の金融リテラシーの向上や、金融事業者による「顧客本位の業務運営」の推進が謳われている。重要な課題であることに異を唱えるつもりはないが、そもそも資産運用ビジネスにおいて顧客本位ではないと見られる事例が頻出するのはなぜかを考えないと、本質的な解決は難しいのではないかとも思う。
例えば、アクティブファンドの手数料控除後のパフォーマンスがパッシブ運用を平均的に下回ることは、日本のみならず海外でも広く観察されるが、それにもかかわらず、アクティブファンドに投資する個人は内外ともに多い。「Money doctors」というタイトルの論文は、この点を以下のように説明する。
論文では、金融リテラシーの乏しい個人が、最も「信頼(trust) 」のおけるmoney doctor(販売会社、投資信託、フィナンシャルプランナー等)からアドバイスを得ることで、リスク性資産への投資に伴う「不安(anxiety)」が軽減されると想定している。また、money doctorに対する信頼は、過去の運用パフォーマンスだけでなく、個人的な関係や親しみやすさ、効果的な広告などから生じると考える。こうした状況の下で、論文は以下の結論を導いている。
第一に、均衡では期待リターンの高い金融商品(例えばアクティブファンド)への投資アドバイスほど手数料が高くなり、手数料控除後のリターンはマーケットリターン(パッシブ運用)を下回る。それにもかかわらず個人がmoney doctorのアドバイスに従ってアクティブファンドに投資するのは、アドバイスによってリスクが低下したと主観的に認識していること、アクティブファンドの期待リターンはmoney doctorを利用せず安全資産に投資した場合に比べれば大きいこと、が理由である。
第二に、金融リテラシーの乏しい個人が、金融商品のリターンとリスクに関して誤った期待を形成している場合、money doctorは投資家の誤認識に迎合する。テーマ型投資信託など時流に乗った投資商品のリスク調整後リターンを投資家が過大に見積もっている場合、money doctorは投資家の誤った期待に迎合することで、より高い手数料が得られるからである。
第三に、money doctorが、長期的にパフォーマンスの優れているパッシブ運用を投資家に推奨するか、それとも誤った期待を持つ投資家に迎合するかは、そのmoney doctorを利用している投資家の信頼の強さに依存する。投資家の信頼の厚いmoney doctorほど、パフォーマンスが悪くても将来顧客を失うリスクが小さいため迎合戦略を採り続ける。逆に、投資家が信頼ではなく過去のパフォーマンスに基づいてmoney doctorを取捨選択する場合、money doctorがパッシブ運用を推奨するインセンティブは高くなる。
日本では、毎月分配型投資信託など、個人の長期的な資産形成に逆行するような金融商品の販売事例がしばしばやり玉に挙げられる。上記論文は、こうした一見すると顧客本位ではないビジネスが、合理的でない顧客ニーズに資産運用業者が迎合した結果生じている可能性を示唆している。こうした不合理なビジネスを改めるには、職業倫理(fiduciary duty)や、それを担保するための制度的な仕組みの整備が大切だが、倫理や規制に頼るだけでは持続可能でないだろう。
上記論文は、money doctorsが「正しい」アドバイスをする市場を構築する上で、個人が様々な金融商品のリスクとリターンを正確に把握すること、信頼するmoney doctorを長期的なパフォーマンスに基づき選ぶことが大切だと示唆している。金融リテラシーの向上に向けた取り組みはこの点で重要だが、信頼のおける「医者」を選択するには金融以外のリテラシーも必要かもしれない。例えば、医療の専門知識が乏しい中で信頼できるお医者さんを探すにはどのようなリテラシーが必要かを考えるとヒントになるかもしれない。
ところで、「資産所得倍増」のために「貯蓄から投資へ」を推奨するmoney doctorが信頼できるかどうかを見極めるのに必要なリテラシーは何だろうか。
Last update: 2022.12.05