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雑感:経営者保証改革

政府は昨年12月に「経営者保証改革プログラム」を公表し、経営者保証に依存しない中小企業向け融資を金融機関に促している。経営者保証をめぐっては、2003年の「リレーションシップバンキングの機能強化に関するアクションプログラム」以降、継続的に見直しのための取り組みが行われ、また民間金融機関も2013年に「経営者保証に関するガイドライン」を策定した。しかし、これらの施策が経営者保証や中小企業向け融資全体にどう影響したかに関する分析はあまりみたことがない(あるいはどこかにあるのか?)。

そこで試しに、中小企業庁「中小企業実態基本調査」の公表データを使って、メインバンクから借入のある中小企業のうち経営者保証を提供していると回答した企業の割合を、経営者保証ガイドラインが策定された前後の時期で比較してみたところ、いくつか疑問が生じた。

疑問1:同割合は、中小企業全体ではガイドライン策定前(2005~2011年度平均)が60.0%、策定後(2019~21年度平均)が61.9%とやや上昇している。一方、ガイドライン策定後の時期に限られるが、金融機関が公表しているデータでは経営者保証に依存した融資の割合は低下している。企業データと金融機関データの乖離が生じている理由は何だろうか?金融機関の融資ポートフォリオが、経営者保証を必要としない規模の大きな企業向けにシフトしているのだろうか?

疑問2:同割合を法人企業と個人企業に分けてみると、法人企業では5.7%ポイント下落(75.7%→69.8%)しているのに対して、個人企業では4.6%ポイント上昇(39.2%→43.9%)している。個人企業は事業と個人が一体なので経営者保証は本来不要と思われるが、4割前後の個人企業が経営者保証を提供し、かつその割合が上昇している。個人企業への融資で経営者保証が使われる理由は何だろうか?

疑問3:同割合が低下している法人企業について企業規模別に比較すると、従業者51名以上の企業が15.3%ポイントと下落幅が最も大きく、従業者5人以下は3.5%ポイントと最も小さい。経営者保証ガイドラインは、法人と経営者個人の関係が区分・分離されていることを無保証融資の条件としており、規模が大きい企業ほど条件に合致するため低下幅が大きかったのではないかと推測される。そうであれば、経営者保証ガイドラインは一定の効果があったといえる。一方で、前述したように、もしガイドラインによって金融機関の融資ポートフォリオが規模の大きな中小企業にシフトしているのであれば、ガイドラインは小規模企業の資金アベイラビリティを低下させているのではないか?

ところで、経営者保証改革プログラムは、経営者保証に依存しない代替的な融資手法として、現在検討が進められている事業全体を担保とする融資や、流動資産を担保とするABLがあげている。ABLは経営者保証ガイドラインでも代替的な融資手法とされており、今回のプログラムではABL信用保証制度について経営者保証を廃止することが提案されている。しかし、企業の事業資産を担保とすることと、経営者から保証を徴求することは、そもそも期待される効果が異なるので代替できないのではないか。

経営者保証に期待されるのは、経営者を規律付けることだ。 失敗すれば事業だけでなく自分の財産を失うことが、経営に緊張感をもたらすからだ。20年以上前のことだが、イギリスで中小企業金融に関するコンファレンスに参加した際、イギリスの信用保証貸出(スタートアップが主な対象)のデフォルト率が30-35%と高い理由の一つとして、個人保証がないことが寄与している可能性が指摘されていた。ちなみに、無限責任の自営業やパートナーシップのデフォルト率は、似た属性の有限責任企業の無保証貸出よりも10-15%程度低い由(HM Treasury, Graham Review of the Small Firms Loan Guarantee – Recommendations, September 2004)。

しかし、企業の資産は、借入が弁済できなければ担保として提供しているかどうかにかかわらず債権者への弁済原資となるので、規律付け効果は期待できない。事業資産担保には、複数の債権者間の優先順位を確定したり(Badoer, Dudley, and James 2020)、事業キャッシュフローと直結する資産を担保としたりすることで、事業が傾いた際の金融機関のモニタリング誘因を高める効果(Rajan and Winton 1995)が期待されるが、それは経営者保証とは別の論点である。

経営者保証改革プログラムが指摘するように、経営者保証は創業を阻害する可能性もある。しかし、アメリカでも中小企業向け融資ではオーナーの個人保証が用いられることが多いが、それによって創業が阻害されているという議論は聞いたことがない。また、自分の仕掛中の研究では、2000年代半ばには経営者保証が起業意欲にマイナスの影響を及ぼしていたが、そうした効果は2010年代前半には消えていた。

経営者保証改革には、ロジックとエビデンスに基づく精査が必要なように思う。

Last update: 2023.03.23

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